山田権太郎のグンムィサンシン

明治から大正の時代にかけて名人と呼ばれる三線造りの名人が居たという記事を島の新聞で見ました。沖縄の三線作りの名人の話は聞きますが、奄美の名人の話はほとんど耳にしません。

山田権太郎のグンムィサンシン
(クリックで拡大します)

1876年(明治9)-1928年(昭和3)、享年52という権太郎さんが作ったおよそ100年前の銘器が出てきたという記事です。

記事から抜粋したその権太郎さんが作るグンムィサンシンは、エビの尻尾の様に見える棹の先端、天神の反りが芸術的で誰も真似が出来ないと言われ、棹は一般的な今の三線より細めで低い柔らかい音だと言い、野外や戸を開け放った民家での唄遊びに適した三線だと書かれています。

古い昭和の時代の音源の様な音がするのか?島唄が好きな者として興味は尽きません。

願わくば、手にしてみたいと思うのは当然ですが、それ以上にこういった貴重な三線が、今ならばまだ奄美にはあるんじゃ無いかと思うのです。

それらの由来など奄美産の三線の話を切に知りたいと思うのです。

◆ 里朋樹オフィシャル 記

カテゴリー: 奄美の三線コラム | Tags: , , コメント(0)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

トラックバックURL: http://xn--bpvs4el93c.com/gunmulisanshin.html/trackback