豊年節【里朋樹&徳原大和】【里アンナ&里アリス】

今回は、朋樹と大和、里アンナと里アリス、2本の豊年節をお届けします。チヂン太鼓と共にライブを盛り上げる唄です。

請島(うけしま)にいたクマと呼ばれる遊女の美しさを歌った、奄美の各島で唄われる請けくま慢女節が元唄だと言われます。こちらは長閑に唄われますが宇検村ではこの「請けくま慢女節」が軽快なリズムの「豊年節」として唄われていたそうです。

この豊年節を、ひぎゃ唄と言えば武下和平、このお師匠さんが広めてしまった為に、瀬戸内では請けくま慢女節を唄う人が少なくなってしまったんだと、尼崎の奄美民謡教室の早田先生に解説いただきました。

エンヨーハーレー 西の口から 白帆や 巻きゃ巻きゃ来ゅり ヨイヨイ
蘇鉄ぬドゥガキガイや はんくぅぶすぃよ ウトゥミマシュ なろや

エンヨーハーレー 線香の無んだな 松木の葉ば 線香ぬ 灯ち ヨイヨイ
山川観音丸 二番漕ぎ 願う なろや

西の口から薩摩の船、山川観音丸がやってきた。蘇鉄粥などは早く捨ててしまって喜ぼう、年に二度来てくれたらもっと嬉しいのに、という唄です。

ご存知の通り、かって奄美大島は薩摩の支配下にあり、厳しい重労働を課され自分たちが食べる米を作ることも許されなかったと言います。

薩摩の船がやってきて、黒糖や紬と引き換えに、ようやく米を始めとする食料を分け与えられると言う理不尽な生活があったのです。

薩摩の支配がなかったらこんなに理不尽な暮らしを強いられる事も無かった筈なのに、船を心待ちにしているという奄美諸島の歴史の悲しさが伺われます。

これはそう昔の話ではなく、今なら島の古老立ちからは、蘇鉄粥の作り方などを実際に聞く事が出来ます。

沖縄にも唐の船がやってきてワクワクするという「唐船ドーイ」と言う唄があります。更に軽快に踊りながら唄われるこの曲の裏にはどんな歴史があるのか?機会があればじっくりと調べてみたいと思います。

◆ 里朋樹オフィシャル 記

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